マツは太平洋が苦手。

マツを飼い始めた頃、どんなエサをやったらいいのかも分からずに、取りあえず人間用の黒海苔を入れてやり、手をつけずに死んでいった巻貝たちも多い中で、マツだけはそれを食べて生き残った。だから、マツは基本的にはあまり好き嫌いがないというか、生きるためなら何でも食べてみようというたくましさがある。ところが、先日10月に私が和歌山に旅行に行った際、留守番しているマツたちへ「お土産」として買ってきた潮岬名産の姫ひじきだけは、どうしてもマツだけは受けつけないようだ。他の巻貝たちはものすごい好物というわけではなくても、この姫ひじきを結構よく食べてくれている。それなのに・・・である。

潮岬の干し姫ひじきは、それだけを専門に扱う組合があるほどの名産品。高級品として全国的に知られているものだそうだ。作る過程も伝統的な手法を使っており、聞いた話でうろ覚えではあるが、二度湯がいて干したものを保存用の土嚢のような袋に入れておく。必要に応じて水で戻して食べるのだが、他所のひじきと違って自慢できるところは戻したものがグジュグジュにならず、時間がたってもしっかりしている、という点らしい。実は9月にも潮岬まで出かけていたため、干し姫ひじきの存在は知っていたのだが、二度も湯がいているというのが巻貝たちに嫌われる原因にならないかと思って、その時は買わなかった。しかし、マツたちが食べなくても私が食べればよい話だし、本当に立派なひじきだったのでどうしても欲しくて、それもあって遠路はるばる再度10月に出かけ直した。

地元の漁協スーパーを覗くと、生っぽいひじきがビニール袋に詰められて、生鮮食品コーナーの冷蔵陳列棚の中に並べてあった。1袋150円。海藻は冷凍保存が利くことを春に能登で買い溜めたワカメ等で知っていたし、生っぽいほうがおいしそうに見えた。実際にはこれは、乾燥ひじきとして保管されていたものを水で戻してすぐに使えるようにしただけだそうだが、「貝殻や砂が入っていることがありますので、ご注意下さい」との注意書き通り、かなり天然に近い状態だったので魅力的だった。毎日定期的に入るものではないと聞き、スーパーの方にお願いして、帰る日まで冷凍保存しておいて頂いた。

そして、前回買いそびれた干し姫ひじきも手に入れた。本来は潮岬のすぐ近くの大島の観光地に出ている屋台のおばちゃんからお手製のものを買おうと思っていたのだが、ちょうど台風21号が近づいているときだったこともあるのか、その日はいなかった。仕方がないのでこれも漁協スーパーで買った。高級品なのでそれなりの値段がする。60gで税抜き650円くらいだったか? 120gのものもあったが、そんなに買ってもマツたちは百年あっても食べきれないだろう。裏面の調理法にも「水でふやかすと約10倍になります」と書いてある。マツが日頃お気に入りの韓国産の乾燥姫ひじきは、水でどんなにふやかしてもせいぜい3倍くらいにしかならないから、これは相当な量になりそうだ。60gより小さなものだと三重県産しかなかったので、あえて潮岬産にこだわって60gのものを購入した。

留守中は水質の悪化を抑えるために、マツたちには絶食させている。海の生き物は常に食べ物が手に入るわけではないので、1ヶ月くらいは何も食べないでも大丈夫と言われてはいるが、食いしん坊のマツのことだからお腹を空かせているだろうし、こんな立派なひじきを食べさせてやったらさぞかし喜ぶだろうなと、マツの喜ぶ顔が見たい一心で急いで帰宅した。マツに「ほらこれ、約束したお土産の潮岬のひじきだよ。食べる?」と袋を見せると、マツは早速ツノを大きく振って身を乗り出し、明らかに食べる気満々であった。生と乾燥とどちらにしようか迷って、取りあえずすぐに食べられる生のほうをやることにした。しかし、袋を開けた瞬間に私も気づいたのだが、ものすごい「太平洋の匂い」がする。奥能登の海とは明らかに異質なその匂いは、私にも若干の抵抗を感じさせるものだった。

人工海水で軽くすすいでやって、食べやすいように短く切ってやって水槽の中に入れた途端・・・マツの顔色が曇ったのを私は見逃さなかった。(巻貝にも「顔色」は当然ある。目や動作で彼らはそれをちゃんと表現している。人間がそれに気づくまでには相当の時間がかかるが。嘘だと思われるなら飼育してみることをお勧めする) マツの顔は「うわぁぁぁ、何このニオイ??? これはダメなヤツだ~!!」と言っていた。慣れれば口をつけるかも?と期待して、しばらく様子を見ていたのだが、マツはクルクルと器用に身をよじって方向転換をし、ひじきにお尻を向けてしまった。これはマツが不愉快なときによく見せる典型的なポーズである。しかも、ニオイに耐えられないのか、時間とともに次第にひじきから遠ざかっていく。明らかに嫌がっていた。

何度もマツの顔を見ながら「これ高級品なんだよ。おいしいよ。マツ、太いひじき大好きでしょうが? 食べてみなって。和歌山のマツの仲間も、こういうのを食べてるんだよ」と呼びかけても、マツはその度に私にまでお尻を向ける。「も~、ヌシ、ウザっ!」とでも言いたげであった。でも、その姿はどこか「せっかく買ってきてくれたのに、ちょっと悪いかな?」という遠慮も感じられた。その証拠(?)に、私がマツに食べさせることをすっかりあきらめたら、マツはボトルのガラスに張りついて、こちらの様子ばかりうかがっているのだった。私がマツに話しかけると、一生懸命ツノを振って口をパクパクして、愛想をふりまこうとしている。マツはせっかくのお土産のヒジキが口に合わないことを、ちょっと申し訳なく思っている風だった。

マツの親友のミドリは、興味があるのかしばらくして、二口、三口かじっていた。特段おいしいと感じたわけではないようだが、「まあ、そこそこいけるんじゃないの?」という反応。ダラちゃんも二口、三口かじってみていた。彼らにとっては、こういうエサも一応アリ、らしいのだが、マツの拒絶反応はかなり激しいものだった。まあ、私自身、率直に言って太平洋の海の匂いは少々苦手だ。奥能登の海は「固い匂い」がする。だから、変な生臭さがない。一方、太平洋の海は「柔らかい匂い」がする。結果として、ちょっと生臭い感じがする。私は奥能登の海の匂いをかぐとホッとする。同じ魚でも日本海と太平洋では全く味が違う。やっぱりマツは、奥能登の出身なんだなあと実感した出来事だった。マツはどんなに奥能登を離れても、東京で暮らしても、小さいときから嗅いできた日本海の匂いをしっかりと覚えているのだろう。マツにとっての「海」は日本海以外にありえず、太平洋では決して代替が利かないのだと思う。

↓マツが大好きなこのヤマナカフーズの姫ひじきは韓国産。つまり日本海産である。

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