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「メヂカラ」

言葉を介さない生き物とのコミュニケーションは、「目」が基本だと私は信じている。人間の赤ちゃんだって、まだ言葉がしゃべれない時にどうやって周囲の人たちとコミュニケーションを取り、社会性を身につけていくかと言えば、やはり「目」だそうだ。

だから私は、どんな時でも、マツたちとコミュニケーションを取る時は、彼らの目をまずしっかりと見るようにしている。しゃべりかける時でも、聴覚がないとされている彼らには聞こえないし、もちろん人間の言葉も知らないわけだから、その言葉がそのまま通じるとは思っていない。

だが、その言葉に「気持ち」を強く込めるように意識している。これはなかなか集中力のいる作業だから、マツたちと「会話」すると結構疲れる。だが、上手に「会話」できた時はそんな疲れも吹っ飛んでしまう。

目を見て、何度も「気持ち」を込めて話しかけると、「何か」が彼らとの間に通じているのを感じる。最初は思い込みかと思ったのだが、彼らと1年半も付き合っていると、どうも一概にそうとは言い切れないと確信するようになった。それをどう証明するのかは、100年後か200年後かの理系の方々にお任せするしかないのだが。

毎朝・毎晩の点呼の時、マツたちの健康状態のチェックもするのだが、その時にも最も重点を置いているのは彼らの「目」の状態である。いわば「メヂカラ(眼力)」とでも言うようなものを私は真っ先に見る。

彼らの目はとても小さく、0.5ミリのシャーペンをポンとノートの上に突付いて点を書いたくらいの大きさでしかない。しかし、毎日その「表情」は変わり、色や輝きも変わる。人間だって元気のない時は目に輝きがなくなるが、あれと全く同じだと思う。

おとなしくて少し元気がなさそうな巻貝がいても、澄んで力強い目をしている時は大丈夫。ちょっと「風邪」を引いたのか、自分の意志でじっとしていることを選んでいるだけで、生命に別状のあるような状態ではないと考えてよい。

逆にかなり具合が悪い時は、彼らの目はどんよりと曇って、こちらにも何のエネルギーも伝わってこなくなるから、すぐ分かる。そもそもそういう状態だと、私と全く目が合わない。そうなったら緊急事態なので、すぐに手厚い看病を施す。

「メヂカラ」のある時の彼らは、実にイキイキとしていて、私も元気をたくさんもらえる。彼らのあの小さい目で、私のことがどれだけ見えているのか分からないが、彼らもまた私のほうを一生懸命見つめて「何か」を伝えようと懸命になっているのだ。

そんな彼らの「メヂカラ」に接することが嬉しいから、どんなに大変でも私は彼らと一緒に暮らしたいのかもしれない。

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