イシダタミガイ・ヤンチャの「アイデンティティ」

今現在、我が家の巻貝たちは全部で6匹(=6人)いる。そのうち5匹はマツたちタマキビであり、残り1匹がイシダタミガイのヤンチャである。
  1. ヤンチャの「幼稚園」時代

    おそらく、この中で最も若いのはヤンチャだ。今でこそ殻の大きさも1センチくらいはあるが、2年前、我が家にやって来た頃は、まだ赤ちゃんの貝で5ミリとか6ミリとか、そんな大きさだった。

    当時のヤンチャは、まだ貝殻の模様も大人のイシダタミガイのような白黒のブチ模様ではなく、こげ茶系の地味な一色で、全体の形もどちらかと言うと扁平型であり、何よりも歩き方が文字通り「よちよち歩き」だった。

    そのため、ちょっと不安定なところを歩くとすぐにコケてしまうので、当時は危なっかしくて、マツたちと一緒の水深のあるボトルにはとても入れられず、同じようなよちよち歩きの赤ちゃんの巻貝たちをまとめて、「幼稚園」と称したタッパーの中に小さめの石を配置し、水深も浅めにして、小まめに見守りながら育てていた。

    (ちなみに、「幼稚園」用のタッパーには目印として丸いシールを貼り付け「幼」と書いてあった。その時のタッパーは、今でも記念(?)でそのまま残してある)

  2. ヤンチャが「幼稚園」を「卒園」した頃

    幼稚園を「卒園」させて、マツたちと一緒のボトルに入れた頃、マツたちは何かとヤンチャの面倒を見てくれていた。巻貝たちは基本的には個人主義だが、お互いのことをちゃんと分かっていて、いざとなると助け合う暗黙のルールがあるようだ。

    チョコチョコと忙しなく動き回るまだ幼さ満載のヤンチャを、マツたちはどことなく迷惑そうな、ウザそうな目で見つつも、甘えられれば「しょうがないな~、コイツ、まだ子どもだし~」という感じで、仕方なく背中を貸してやり、ヤンチャを肩車したまま自分は自分で黙って食事をするなど、それなりに気を遣っている場面がよく見られた。

  3. 成長したヤンチャの今

    だから、マツたちはヤンチャのことを「ちょっとウザいヤツ」「ヤンチャなクソガキめ!」とは思っているかもしれないが、一緒に暮らす仲間としてはちゃんと認めていて、「アルバイト」でガラスの藻を食べるためにローテーションでヤンチャが一緒のボトルに戻ってきても、それはそれ、という感じであまり気にはしていない。

    ところが一方、今年の春に、突然グングンと成長し、一丁前にイシダタミガイらしい白黒のブチ模様の貝殻が生えてきたヤンチャの側は、どうもそうではないようだ。この頃、ヤンチャはマツたちと一緒のボトルに入っていても甘えることはほとんどないばかりか、むしろマツたちから明らかに意図的に距離を置いて生活するようになったのである。

    一人で別のボトルに入れられている時はチョコチョコとあちこち我が物顔に走り回るくせに、マツたちと一緒のボトルに入ると急に大人しくなって、マツたちの絶対来ないような隅っこに行って、一人、じっとしている。そして私が時々覗き込むと、身を乗り出して懇願するような目でモーレツアピールするのだ。

    その目は、

    「ここじゃ居心地悪いから、別のボトルに出して~!! おねがい~!!」
    と、明らかに言っている。

  4. ヤンチャの「アイデンティティ」(?)の芽生え

    もちろん、ヤンチャだって、マツたちのことを知らないわけではなかろうし、小さな頃に遊んでもらった恩義(?)だってあるのだから、決してマツたちのことを嫌いではないと思う。

    だが、ヤンチャの場合、今年の春に転落事故で少し先輩のイシダタミガイ(シタダミちゃん)を失って同種の仲間がいなくなったことも手伝ってか、マツたちと一緒にいると「やっぱり自分だけ何かが違う」と分かるらしい。

    結果、遠慮がちになって自分らしくいられず、何やら落ち着かないらしいのである。実際、試しに別のボトルに移してやると急に元気になって、のびのびとした態度に変わるからよく分かる。

    こうした様子を見ているうち、どうやら巻貝にも「アイデンティティ」というものがあるのではないか、と考えるようになった。しかし、一体、鏡もないのに、マツたちからいじめられるわけでもないのに、どうして自分だけが違う、居心地が悪いと認識するようになったのだろうか?

  5. 学術的には、どうなんだろう?

    この11月の旅行中、能登の海洋生物の観光施設のスタッフであるHさんにこのことをお話ししたところ、「一説によると、匂いによって自分の種類を認識していると言われている」とのことだった。

  6. 人間も「匂い」で他者との関係性を把握している部分があるのでは?

    ここからは私の妄想でしかないが、人間同士でも、目に見える「違い」ではなくて、内面的な違いというのをそれとなく関係性の中で感じ取る、「嗅ぎ取る」部分が大きいと思う。

    それは人間の場合、必ずしも文字通りの「嗅覚」によるものではないだろうが、もともとは原始的な嗅覚に頼っていた可能性も大いに考えられるし、そうだとすると、結局は人間も巻貝たちとさして違うことをしているわけでもないのかもしれない。

  7. 自分自身の経験に重ね合わせてみると・・・何だか共感できる気がした!!

    小さい頃から「変わり者」呼ばわりをされ続けてきた私は、みんなに合わせているつもりなのにもかかわらず、集団・組織の中でいつの間にか浮いてしまい、とても目立つ(=ウザイ)らしい。

    見かけ上はそれほど違う容貌をしているとも思えないから、一体何故そうなるのか分からなくて、そのため、いつも漠然とした不安を感じて生きてきたが、ひょっとしたらそれは「匂いが違う」ということなのかもしれなかった。そう考えると、全ての記憶に一本筋が通る感じがするのだ。

    ヤンチャがマツたちと一緒にいる時に感じているのは、まさにこの私が感じた周囲との「齟齬」「戸惑い」「不安」なのではないだろうか? マツたちと一緒のボトルに入れられて、懇願するような目で「ここから出して~」とアピールされる度、私にはそのヤンチャの気持ちが痛いほど伝わってくるように思われる。

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