投稿

アカモク、モクモク。

新年初投稿どころか、前回の投稿から1ヶ月もたってしまった。12月は公私ともに非常に忙しかった。マツと関連することで言えば、暮れも押し詰まった頃に再び用件があって能登に出かけた。(と、1月6日に下書きしている。実際の投稿はご覧の通り2月の末である) 私は車を持っているとは言え、それはあくまで能登のためであって、実際にはかなりの貧乏なので、高速道路なぞ基本的には使えない。片道500キロくらいの道のりを、1泊2日の車中泊旅行の形で走破する。能登の場合、町と町の間の距離が50キロくらいは普通なので、各地を回るとどうしても現地で3泊4日は必要だ。だから結局は、1週間くらいの旅行になってしまう。現地でも宿など取るお金はないから、ひたすら車中泊。一人で自由気ままに行動できる利点はあるものの、この年になると、やはり疲れる・・・ しかも今回は大寒波と重なったからもう大変。出発日はよかったが、翌日からは突風の吹き荒れる日本海ならではの猛吹雪に見舞われた。 おまけに、あまりにも忙しすぎて旅行準備が間に合わず、まる二日ほとんど徹夜状態で出かけたせいもあって、能登に到着してほっとして気が緩んだのか、その日から何となく目がゴロゴロするなと思っていたのだが、翌朝、ものすごい目ヤニと喉の痛みの症状が出て、病院直行となった。診断は「ウイルス性の結膜炎」とのことで、目薬を出してもらった。まさか目と喉の痛みが連動しているとはその時は気づかなかったが、ネットで調べる限り間違いなくこれはウイルス性の咽頭結膜熱であった。幸い高熱は出なかったが、微熱がずっと続いていたと思う。 たとえ猛吹雪であろうと、留守番してくれているマツたちのためには、何かお土産を持って帰らなければならない。もちろんそれは、マツたちの生命を育んできた故郷の海水だ。年末で忙しい塩田の親方に頼んでまた汲ませていただいた。そして、何気なく馴染みのスーパーを覗いてみると、生のままの「アカモク」のパックが売られているではないか! 海藻類は陸とは季節が逆である。陸の植物は夏に全盛期を迎えるが、海藻類はそれが冬なのである。冬から初春にかけては、スーパーには時期によってさまざまな生の採れたて海藻類が毎日のように並ぶ。それが滞在中についに「アカモク」で始まったのである。アカモクはたしかに海岸で拾い集めようと思えば、簡単に見つかる藻類だ。地元の...

マツの「スーパーシート」

マツにはお気に入りの場所がある。私はこれを「スーパーシート」と勝手に名づけた。餌場からかなり離れたところなのだが、マツは休憩するときはわざわざそこまで移動する。大きな岩と小さな岩がぶつかっている境目のところだ。マツは大きな岩のほうにしっかりと張り付いて、お尻(クルクル巻いた貝殻の頂点)を小さな岩の上にチョコンと置くスタイルで、昼寝をしたり、ボーッとしたりと、自由にくつろいでいる。 マツはどうしてこんなに大きくなったのかと不思議なのだが、とにかく一人だけ体がデカイ。食べ過ぎなのか、私のエサのセレクトがよいのか(?)、人間で言えばかなり「メタボ」状態であることは確かである。だからどこへ行くにも「どっこいしょ」といった風で、ノッソリノッソリと歩く。そんなマツにとって、お尻を安定させられるこの場所は、重力の負担が少なく、かなり楽に過ごせるのではないだろうか。 「さあて、ご飯も食べたし、寝ようかな」と、いつものお気に入りの場所に向かって、当然のように歩き出すマツの姿は実に手慣れたものである。巻貝はもっと適当に、その日暮らしの偶然に頼った場所で生活していると思っていたが、このように人間と同じく「生活習慣」があるようだということを、最近になってマツに教えられた。

「寒がりマツ」

マツは体が大きいくせに寒がりだ。去年の冬も気温が低いとあからさまに機嫌が悪くなり、微動だにしないのはマツだけだった。他の貝たちは、寒いと多少動きが鈍くなるくらいで、そこまで不機嫌にはならない。 自然界の場合、基本的には水中のほうが温度が高いから、マツは寒い日は一人で(いや、「一匹」で・・・というか、いや、やっぱり「一人」で・・・)ブクブクと水中に潜って、じーっとしている。タマキビは本当は水が苦手なはずなのだが、それでもあえて水中に潜るのだから、よほど寒いのが苦手なのだろう。 今年もそんな日が増えてきた。

ヌシ、今度はマツから「おすそ分け」してもらう、の巻。

塩田近くのTさんからマツたちが「おすそ分け」してもらった地元の海の干しワカメ、今度は私がマツから「おすそ分け」してもらった。 「おすそ分け」は、ネットのSNSなんか比べものにならないほど「深み」のあるコミュニケーションネットワークではないかと思う。人から人へ(時には貝へ・・・)と、手渡されるのはその「モノ」だけではなくて、「温もり」のようなものでもあるからだ。 特に食べ物の「おすそ分け」は人を幸せにする。よほど嫌いなものやゲテモノでない限り、食べ物をもらって怒る人はいない。食べ物をもらうと、みんな一様に笑顔になる。食べ物を通じて、話もはずむ。その笑顔をどんどんつないでいけるのが、奥能登の「おすそ分け」文化の素晴らしいところだ。 さて、マツからの「おすそ分け」を私は何に使ったのかと言うと・・・糠漬けの塩抜きである。奥能登には多くの発酵食品がある。どれも先人たちの長い伝統・知恵に裏打ちされた、他の追随を決して許さない完成度だ。 その中でもかなり特異なものが、「ふぐの子」と呼ばれる猛毒のふぐの卵巣の糠漬けである。ふぐの卵巣を3年間、しっかりと糠漬けすると、何故か毒がなくなる。その理由は、現代科学でもまだ解明されていない。 糠漬けの期間が3年より短いと危険だ。過去に2年半くらいのふぐの子を食べて中毒を起こした人もいるから、この3年という期間は厳密に守られている。当然であるが保健所のチェックも厳しく、定期的に製造者に講習会を行うなどして事故の再発予防に努めており、一般に流通しているものではまず全く問題ないので、安心していただきたい。 私はこのふぐの子が大好きで、毎回、輪島の朝市で15年来の付き合いになるお気に入りのおばちゃんから購入させてもらっている。学生の頃はなかなかたくさん買うことができなくて、「500円で小さいのをおまけして」と頼み込んで、お情けで赤ちゃんのゲンコツくらいの小さいのを譲ってもらい、大切に食べていた。海外にも持っていって、少しずつつまんでいた。 最近はさすがに、1000円分か2000円分ずつ「大人買い」するくらいの余裕はできた。他のものを削っても、ふぐの子にはお金をかけたいという思いもある。そのくらい、うまい。 ところが・・・私はモノの量を把握するのが大変苦手ときているため、まだ冷蔵庫に残りがたくさんあるのに、新しいふぐの子...

マツ、能登の「おすそ分け」文化の恩恵にあずかる。(2)

帰宅して、マツたち8匹の無事を確認した後、塩田の親方に協力してもらって汲ませてもらった新鮮な海水で換水を行い、さっそくTさんからいただいたワカメを海水で戻し、ボトルの中に入れてみた。おそらく今までで一番長い、まる6日間近くの留守だったから、さぞかしお腹を空かせていたはずだし、一刻も早く貴重な「ふるさとの海のワカメ」を食べさせてやりたかった。 他の貝たちはともかく、マツは滅茶苦茶ご機嫌ナナメであった。私がどんなに話しかけても、こちらを向かない。この頃、マツが機嫌が悪いときになだめ役を買って出てくれている、名無しちゃん(名前がないので、文字通り名無しちゃん・・・)が、「マツ、ヌシが帰ってきたよ!」とでも言うように、ツノで何度もマツを突付いていたが、マツは頭を出しているくせに、絶対にこちらを向かないのだ。6日間のうちに、寒気も訪れたし、お腹も空いたしで、いろいろと面白くなかったのかもしれない。まあしょうがないと、私も疲れていたので、取りあえずワカメを入れるだけ入れ、点呼を取って寝てしまった。 翌朝・・・朝のあいさつをするためにマツのボトルを大きな水槽から出そうとすると、既にマツはガラスに張り付いてお出迎え。何と今までに見たことのないほど、 超ゴキゲン♪ なマツがそこにいた。「おいしかったでしょ?」とマツに話しかけると、クルクル回る「お茶目ポーズ」(別名:マッツンダンス)だけでなく、何度も身を乗り出しては私のほうを見ながらツノを振る「万歳ポーズ」(・・・と命名)まで見せる始末。ボトルのフタを開けてまたびっくり。昨晩あんなにたくさん入れておいたワカメが、きれいさっぱりなくなっている。要するに「おかわりをくれ」という意味だったのか? マツにまだ戻していないワカメの袋を見せて、「おかわり?」と聞いてみると・・・「それだよ、それ!」と、興奮状態。 これは大変、大ニュース!!!と、すぐにTさんにメールで報告。Tさんもよかったと喜んでくれた。新鮮な「ふるさとの海水」もよかったのだろう。マツはやっぱり、塩田の海の子なのだなあと実感した瞬間であった。

マツ、能登の「おすそ分け」文化の恩恵にあずかる。(1)

能登には「おすそ分け」の文化というのがある。いわば「物々交換」みたいなものだが、田んぼで取れたお米、自分の庭になった果物や、畑で取れた作物、現代に至っては、スーパーで買ってきた食材、等々を気軽に「おすそ分け」する。 いずれもいわゆる「商品価値」の高いものではないから、中には見栄えの非常に悪いものであることも少なくない。「おすそ分け」はどこの田舎にもあることだと言われるかもしれないが、能登の場合は「おいしいからもらって!」と、よい意味でのアピールが入るのがユニークなところである。変な謙遜をするよりも、相手の人を「おもてなし」したい、相手の人に喜んでもらいたい、そういう心意気にあふれている。 (なお、小声で言うが、私が食うにも困るようなピンチに陥った時、この「おすそ分け」文化のおかげで餓死せずに済んだ。あの経験は、私に本当の意味での食べ物に対する感謝や有り難さを教えてくれたと感じている。だから、今でも能登の人たちには頭が上がらない。) 実は先週半ばから、数日間、3月末以来久しぶりに能登に滞在した。なつかしい人たちにも大勢再会したが、その中で思わぬ「おすそ分け」をいただいた。それは、奥能登の塩田のすぐ近くに住むTさんからの大量の「干しワカメ」であった。Tさんは近所の方から「おすそ分け」してもらったのだそうだが、大量にあるので食べ切れないうちに色が変わってきてしまって、どうしたものかと思っていたらしい。 マツはいつも何を食べているのかと聞かれたので、春に買い込んだワカメを干したり冷凍したりして、今日は輪島産、明日は七尾産、明後日は宇出津産といった風にローテーションしてやっているのだと話すと、「それならマツに食べさせてやって」と言って、縁日の綿菓子が入っているくらいの大きなビニール袋にいっぱい入った、干しワカメの袋を渡して下さった。近所の人からの「おすそ分け」をさらに「おすそ分け」というのもよくある話。でも、たぶん巻貝たちへの「おすそ分け」は、奥能登史上、これが初ではなかろうか? 塩田の前の海で取れたというから、これはまさにマツたちが親しんで食べていたはずのワカメ。塩田辺りの海岸のワカメが店などに並ぶというのはあまり聞いたことがないから、「おすそ分け」でしか手に入らない、大変貴重なものだ。しかも、船で沖に出て取ってきたものだそうだから、海辺で拾うのよりも「...

マツは太平洋が苦手。

マツを飼い始めた頃、どんなエサをやったらいいのかも分からずに、取りあえず人間用の黒海苔を入れてやり、手をつけずに死んでいった巻貝たちも多い中で、マツだけはそれを食べて生き残った。だから、マツは基本的にはあまり好き嫌いがないというか、生きるためなら何でも食べてみようというたくましさがある。ところが、先日10月に私が和歌山に旅行に行った際、留守番しているマツたちへ「お土産」として買ってきた潮岬名産の姫ひじきだけは、どうしてもマツだけは受けつけないようだ。他の巻貝たちはものすごい好物というわけではなくても、この姫ひじきを結構よく食べてくれている。それなのに・・・である。 潮岬の干し姫ひじきは、それだけを専門に扱う組合があるほどの名産品。高級品として全国的に知られているものだそうだ。作る過程も伝統的な手法を使っており、聞いた話でうろ覚えではあるが、二度湯がいて干したものを保存用の土嚢のような袋に入れておく。必要に応じて水で戻して食べるのだが、他所のひじきと違って自慢できるところは戻したものがグジュグジュにならず、時間がたってもしっかりしている、という点らしい。実は9月にも潮岬まで出かけていたため、干し姫ひじきの存在は知っていたのだが、二度も湯がいているというのが巻貝たちに嫌われる原因にならないかと思って、その時は買わなかった。しかし、マツたちが食べなくても私が食べればよい話だし、本当に立派なひじきだったのでどうしても欲しくて、それもあって遠路はるばる再度10月に出かけ直した。 地元の漁協スーパーを覗くと、生っぽいひじきがビニール袋に詰められて、生鮮食品コーナーの冷蔵陳列棚の中に並べてあった。1袋150円。海藻は冷凍保存が利くことを春に能登で買い溜めたワカメ等で知っていたし、生っぽいほうがおいしそうに見えた。実際にはこれは、乾燥ひじきとして保管されていたものを水で戻してすぐに使えるようにしただけだそうだが、「貝殻や砂が入っていることがありますので、ご注意下さい」との注意書き通り、かなり天然に近い状態だったので魅力的だった。毎日定期的に入るものではないと聞き、スーパーの方にお願いして、帰る日まで冷凍保存しておいて頂いた。 そして、前回買いそびれた干し姫ひじきも手に入れた。本来は潮岬のすぐ近くの大島の観光地に出ている屋台のおばちゃんからお手製のものを買おうと思っていた...